2018年4月2日月曜日

共感についての考察

花見シーズンですね。無事花粉でオーバーキルされてきました。

いやもうね、分かった。真理にまた一歩近づいた!!!と思ったので忘備録的に書いておきます。
僕はゲームのBGMを作るのが仕事なんですが、実は一切ゲームやりません。(こんなこと書くと仕事無くなりそうで怖いんですが)
最新のPS4やらSwitchやらはもちろんパズドラやモンストなどといったスマホのゲームも一切やりません。
何故かって聞かれる事も多いんですが、別にゲームをやらないという信念があるとか、ゲームをやったら殺される宗教に入ってるとかじゃなく
単純におもしろくないからやらないんです。(こんなこと書くと仕事無くなりそうで怖いんですが2回目)
んでポイントでここでもしゲーム関係者の方が見ていたら、誤解してほしくないんですが
ゲーム自体がおもしろくないわけじゃないんです。
僕におもしろさを共感できる友達がいないからおもしろくないんです。
僕も小中学生の頃は狂ったようにゲームやってました。当時ロマンシングサガっていうゲームのBGMに魅了されて今ゲーム音楽を作ってる程度にはゲームしてました。
なのにどうして今、それなりに時間もあるのにゲームしないんだろうと思い考えた結果、この答えに辿り着きました。
当時、あれは1995年ごろ、多分スーパーファミコンのゲームが成熟期だったように記憶してるんですが、それはもうゲームしてました。
今と違ってネットなんぞなく、みんなファミ通の攻略記事読みながらプレイし、学校に行けばその話をしたものです。
ゲームって
ゲーム自体の面白さ
ゲームを共通の話題にすることで生まれる面白さ
っていう2通りの面白さがあったと思うんです。そして今の僕には共通の話題にすることで生まれる面白さが得られないためゲームにハマらない⇒やらない
となっているんだと思います。

さて少し話は変わるんですが、似たようなことが音楽にも言えると思うんです。
昨今CDが売れない時代と叫ばれてますが、1999年ごろ、それはもう馬鹿みたいにCDを買ってた僕も最近はspotifyのおかげでめっきり買う機会が減りました。
今では信じられない話ですがサザンのTSUNAMIっていう曲があって、当時の高校生の間で流行ってた未来日記っていう番組のテーマソングで、発売までタイムラグがあったんですが、発売日当日CD屋で売り切れて買えなかったように記憶しています。
これもゲームの件と同じで
共通の話題として未来日記、そしてその主題歌があったからみんなこぞって買ったと思うんです。
んでなんとかTSUNAMIをゲットして学校に行き
「ねえTSUNAMI買った?」
「うん!買ったよ!!やっぱやばいよね!!」
「うん!泣ける!!昨日リピート再生で200回くらい聴いたよ~!」
みたいな他愛のない会話をすることが出来る
そのことに意味があったんだと思います。

話はゲームに戻りますが、ゲームメーカーもそういう所をしっかり分析しているんだなあと思うのが
Switchは一人でもみんなでも遊べるようにコントローラーが分かれるんでしょ?(詳しく知らない)
んでモンストとかは友達と一緒にプレイできたり、ガチャのイベントがあって
どれもこれもゲーム自体以外に
共感できる仕組みを作っているんですよね。
「昨日のイベントで5000円分ガチャまわしてキルアゲットしたわ~」
「うお~やばくね?それ」
みたいな会話を聞いたことがあるんですが、まさに共感を作る仕組みによるものですよね。
さてちょっと長くなってしまったんで続きは後日

次回は音楽における共感について考えてみようかと

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